造物と造像-東洋・西洋の絵画主題としての「岩」をめぐって
【研究分野】美学
【研究キーワード】
岩石モティーフ / 石切り場 / 樹石図 / 自然観 / 自然史 / 創造主 / 山水図 / 象徴
【研究成果の概要】
岩は東洋・西洋の絵画の共通の対象で、しばしばそれだけで主題となってきた。ことに中国絵画史では、すでに4世紀末に顧がい之が山水画を独立した領域と認め、9世紀になると、張彦遠や朱景玄の論考に「樹石図」が登場している。他方、西洋における神の創造のわざとしての自然の観照は、ブルクハルトの言うように、アッシジの聖フランチェスコ(1226年没)の太陽讃美にその萌芽がみられる。13世紀のスコラ哲学では、「神の存在はア・プリオリに信じられるのではなく、神の創造のわざをとおして論証される」(パノフスキー)。トマス・アクィナス(1274年没)にはいわゆる「建築家としての神」の思想が認められる。ダンテ以降のイタリアでは風景美の発見とともに、1400年頃には絵画技術上の修練の対象として岩層が注目され始める。これは、中国の樹石図の発展とは比較にならないほど遅い。本研究は、これまで美術史家が不可解にも研究関心をよせなかった「石切り場」をとくにとりあげ、その究明を通じて西欧絵画の自然観・造形観を明らかにした。デューラーの初期水彩画にみられる5点の「石切り場連作」は、なお技術上の修練の場であり、後年のデューラーが自認した「物をそれ固有の、本質的な性質に従って完全に表現しつくす客観性」(ヴェルフリン)には達していない。近代ではパウル・クレーは、19世紀の進化論に耽溺し、そこから会得した独自の自然史的観点に立って、1907年以降、ベルン近郊の「美しい石切り場」を造形の手がかりとした。クレーの観点は、19世紀前半の画家C.G.カールスにも通じるが、画像有機体を造形の基礎概念とみなすクレーにとって、石切り場はカールスのそれのように地学的関心の対象ではなく、建築のような構築性の成立にかかわる根本的な題材にほかならなかった。
【研究代表者】