フランス文学における時間意識の変化
【研究分野】ヨーロッパ語系文学
【研究キーワード】
時間意識 / 近代 / 文学 / 危機 / 直線的時間 / 回帰する時間 / ユートピア / 時間に関するディスクール
【研究成果の概要】
本研究では、フランス文学、とりわけ近代文学において、どのような時間意識が描かれてきたのかを解明することを目指した。近代文学の根底には、革命後の社会を支配してきた「直線的時間」への懐疑・反発が一貫して見られる。過去から未来へと均質に流れる時間という合理的な見方とは違うどのような時間意識が、近代文学において表現されてきたのだろうか。
主に三つの角度から、われわれはこの問題を検討した。第一に<前衛>と<後衛>の比較、第二にクレオール文学の分析、第三に<東洋>と<西洋>の時間観の検討。第一の研究においては、<後衛>の作家たちは、人間の進化という神話を批判したが、<前衛>の作家たちも、メディアの不透明さなどに注目することで、進歩史観とは違う時間意識を抱いていたことが明らかになった。近代性の粋と見られる<前衛>と、時代に取り残された価値を重視する<後衛>とは、実際には複雑な関係を切り結んでいる。第二点のクレオール文学は、それ自体がすでに「ネグリチュード(黒人性)」「アンティル性」「クレオール性」という三つの歴史性を帯びているが、一貫して、西洋近代が差異や遅延を切り捨てることで成り立ってきたことを明らかにしている。第三点の<東洋>と<西洋>は、日本におけるヨーロッパ文学の研究者が突き当たらずにはいられない、文化の違いを掘り下げようとする試みである。今回はパスカル、ネルヴァル、ヴァレリー、さらには中上健二などの作家の個別研究を通して、<西洋>から<東洋>への移行の過程で、どういうねじれが生じるのかを分析した。以上の研究の諸成果は、報告書に集められている。
研究全体を通して、文学にあらわれる時間意識を分析すれば、近代という時代を相対化する視座が築けることがわかった。本研究の対象となった作家や、取りあげた問題は限られているが、今後より広範な研究を展開するために基盤作りができたと考える。
【研究代表者】