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信州大学 研究Discovery Saga
2026年10月8日

日本の高山では雪融期も降雨期も地下水が河川流量を支えていた

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
温暖化によって「雪の降り方」「雨の降り方」「高山植生」が変わった際に、高山地域から下流へ供給される水がどのように変化するのかを、より正確に予測できるようになると期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
環境学数物系科学農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
安定同位体比/地下構造/水分子/アジアモンスーン/モンスーン/安定同位体/気候変動/同位体/同位体組成/同位体比/水資源/水循環/土壌/温暖化/物質循環/体組成
令和8年10月7日

概要

冬に多くの雪が積もる一方、夏にも多量の雨が降る日本の高山帯において、融雪期から夏・秋の降雨期にかけて河川等を継続観測しました。地下水が融雪時だけでなく降雨時にも河川の流量を支えていること、地下水が河川の流量に占める割合は隣接する流域間で大きく異なることが明らかになりました。

 高山地域は、積雪や降雨を蓄え、下流へ水を供給する重要な「水源」です。高山帯の水循環に関する研究は欧米の雪の多い地域を中心に進められてきましたが、日本を含むアジアモンスーン地域は、冬の降雪に加えて夏にも多量の雨が降るという特徴があります。このような環境で、融雪水や雨水が地下水を介してどのように河川へ流出するのかは、十分に解明されていませんでした。
 本研究では、北アルプス・乗鞍岳の植生量が異なる隣接した二つの高山流域で、2023年7月から10月まで河川流量を連続観測するとともに、河川水、湧水、雨水、融雪水の化学成分と水の同位体比を分析しました。その結果、河川水の主な起源が融雪水から雨水へ季節的に移り変わる一方、地下水がその両方の時期に河川の流量を支えていることが分かりました。また、地下水が河川の流量に占める割合は、植生の少ない流域では約13%、植生の多い流域では約74%と大きく異なりました。
 この違いには植生だけでなく、地質や地形、さらには地表面の流域界を越える地下水の流れも関係している可能性があります。本成果は、気候変動に伴って積雪量や降雨、植生が変化する中、日本の高山地域の水循環や下流への水供給がどのように変化するかを理解するための基礎となります。

【研究代表者】
筑波大学生命環境系
 辻村 真貴 教授
信州大学 学術研究院理学系(理学部理学科物質循環学コース)
 榊原 厚一 准教授

【研究の背景】
 山岳地域は、降水を雪や地下水などとして一時的に蓄え、その水を河川へ供給することから、しばしば「水の塔(water tower)」と呼ばれます。山岳地域から供給される水は、山地だけでなく下流域に暮らす多くの人々の水資源を支えています。
 特に高山帯注1)では、雪融け水が河川流量の重要な水源となります。一方、近年の研究から、降った雨や融けた雪がいったん地中に浸透し、地下水として蓄えられた後に河川へ流出する過程も、高山地域の水循環に重要な役割を果たすことが分かってきました。
 これまで、高山帯における地下水注2)の役割については、アメリカのロッキー山脈やヨーロッパアルプスなど欧米の地域を中心に研究が行われてきました。しかし、日本を含むアジアモンスーン注3)地域の高山帯は、冬に多量の雪が降るだけでなく、夏にも多量の雨が降るという特徴があります。北アルプス(飛騨山脈)でも、冬季の多雪に加え、夏季にも多量の降雨があります。
 このため、雪融けが進む時期から夏・秋の降雨期にかけて、河川に流れ出てくる水の主要な供給源が雪融け水から降雨へと変化すると考えられます。しかし、冬季多雪かつ夏季多雨という条件を持つ高山帯で、融雪期から融雪後まで数カ月間にわたり観測を行い、地下水が河川にどのくらい流れ出ているかを評価した研究は限られていました。
 そこで本研究では、北アルプス・乗鞍岳の隣接する二つの小流域を対象に、融雪水、雨水、地下水が河川流出にどのように関与するのか、またその違いが植生などの流域特性とどのように関係するのかを明らかにすることを目的としました。

【研究内容と成果】
 調査は、乗鞍岳高山帯に位置する隣接した二つの小流域(NR1、NR2)で行いました。両流域の面積はそれぞれ0.14 km²、0.11 km²と小さい一方、ハイマツを中心とする植生の被覆率はNR1が20.7%、NR2が51.2%と大きく異なります。
 2023年7月13日から10月11日まで、両流域の出口で降水量と河川水位を連続的に観測しました。また、河川水、湧水、雨水、融雪水を採取し、水に含まれる主要な溶存成分やケイ酸(SiO₂)、水分子を構成する水素・酸素の安定同位体比注4)(水同位体比)を分析しました。安定同位体とは、同じ元素でありながら質量数が異なり、時間がたっても放射壊変しない同位元素のことを言います。本研究では、水素と酸素の安定同位体組成を、水が雨に由来するのか雪に由来するのかなどを調べるための「水の指紋」として利用しました。これらの情報を用いて、河川を流れる水を、降雨・融雪に直接由来する成分と、流域内にあらかじめ蓄えられていた地下水成分に分けて評価する、ハイドログラフ分離(流出成分分離)注5)によって分析しました。
 まず、水の安定同位体比の変化から、夏の初めには融雪水の影響が大きく、その後、季節の進行とともに雨水の影響が強くなることが確認されました。すなわち、河川水の主な供給源が、融雪水から夏・秋の雨水へと移り変わっていました。
 一方で、河川水の化学成分や安定同位体比の特徴からは、雨水や融雪水がそのまま河川へ流れるだけではなく、地中に浸透・貯留された水、すなわち地下水が河川へ流出していることが示されました。
 さらに、二つの流域では河川の流量に占める地下水の割合に大きな違いがありました。観測期間全体でみると、地下水が河川流量に占める割合は、植生被覆率の低いNR1では13.3%であったのに対し、植生被覆率の高いNR2では73.5%に達しました。地下水として流出した水の総体積を流域面積で割った値(水深に換算したもの)で表すと、NR1の12.8 mmに対してNR2では458.7 mmと、大きく異なりました。
 NR2では観測期間を通して河川水が流れ続け、降雨時にも地下水の流出量そのものは減少しませんでした。このことから、夏季の降雨によって河川流量が増える際にも、雨水だけでなく、それ以前から流域内に蓄えられていた地下水が河川流出を支えていることが明らかになりました。
 一方、隣接するNR1では、夏季に河川が干上がる期間がありました。降った水の多くが地中のより深い部分へ浸透し、地表の地形から設定される流域界注6)を越えて地下を流れている可能性があります。
 また、本研究結果と世界各地の高山小流域における既往研究を比較したところ、植生が多い流域ほど河川流出に占める地下水の割合が高くなる傾向が認められました。ただし、今回の二流域の大きな違いは植生だけでは説明できず、地質や地形なども地下水の流れを左右していると考えられます。
 以上により、夏にも多量の雨が降る日本の高山帯では、融雪水から雨水へと水源が季節的に変化する中でも、地下水が河川流量を支える重要な役割を果たしていること、そしてその割合は近接した流域であっても地下の水の流れ方によって大きく異なることが明らかにされました。

【今後の展開】
 気候変動によって、高山地域では積雪量や雪融けの時期、雨と雪の割合、さらには植生分布も変化すると予想されています。これらの変化は、地表を流れる水だけでなく、地下への浸透や地下水の貯留・流出にも影響すると考えられます。
 本研究では、隣接する二つの流域でも地下水の役割が大きく異なることを示しましたが、その違いを生み出す地下水の具体的な流動経路までは明らかにできていません。今後、地下水位や地下の水圧の連続観測、地質・地下構造の調査、年間を通した降水量・積雪量の観測などを組み合わせることで、雨や雪としてもたらされた水が地下のどこに蓄えられ、どの経路を通って河川へ流出するのかを詳しく明らかにする必要があります。
 こうした知見を蓄積することで、温暖化によって「雪の降り方」「雨の降り方」「高山植生」が変わった際に、高山地域から下流へ供給される水がどのように変化するのかを、より正確に予測できるようになると期待されます。

【参考図】



隣り合う流域で比較

NR2流域

NR1流域

河川流量

涸れない

涸れる

河川水中の溶存成分濃度

高い

低い

河川の水同位体比の時間変化

安定

変動が大きい

地下水が河川流量に占める割合*

高い(74%)

低い(13%)

地下水の河川への流出量*

多い(459 mm)

少ない(13 mm)
*:観測期間(3カ月間)の値 図 本研究の概要
 乗鞍岳の高山帯に位置する二つの流域(NR1、NR2)を研究対象とした。各流域で河川流量の観測、および河川水の溶存成分と水同位体の分析を実施した。その結果、二つの流域では地下水が河川に流れ出ていることが示された。また、二つの流域で比較すると、隣りあう流域でも地下水の河川への流出量が大きく異なることが明らかになった

用語解説

注1)高山帯
 森林が成立する標高の上限(森林限界)よりも高い地域。本研究では、北アルプス・乗鞍岳のハイマツなどが分布する高標高域を対象としている。
注2)地下水(本研究における地下水成分)
 降雨や融雪の直後に河川へ流れる水に対し、それ以前から土壌や地中に貯留されていた水。本研究では、湧水の化学的特徴を手掛かりとして、河川水に含まれるこの成分の割合を推定した。
注3)アジアモンスーン地域
 季節によって卓越する風向や降水の特徴が大きく変わるモンスーンの影響を強く受ける地域。日本の山岳地域では、冬季の降雪に加え、梅雨や台風などによって夏季にも多量の降雨がもたらされることが特徴となっている。
注4)安定同位体比
 安定同位体は、同じ元素でありながら質量数が異なり、時間がたっても放射壊変しない同位元素のこと。本研究では、水素と酸素の安定同位体組成を、水が雨に由来するのか雪に由来するのかなどを調べるための「水の指紋」として利用した。分析値は、安定同位体の比として表される。
注5)ハイドログラフ分離(流出成分分離)
 河川を流れる水が、異なる起源の水によってどの程度構成されているかを推定する方法。本研究では、水と岩石・土壌との接触によって濃度が変化するケイ酸(SiO₂)を指標として、河川流出を「降雨・融雪に直接由来する成分」と「地下水成分」の二つに分離した。
注6)流域界
 降った雨や雪が地表面を流れた場合に、どの河川へ流れ込むかを分ける地形上の境界。本研究では、地下水は必ずしもこの地形上の境界に沿って流れるとは限らず、流域界を越えて地下を移動している可能性が示された。

【研究資金】
 本研究は、科研費による研究プロジェクト(JSPS KAKENHI Grant Number JP22K13246)の支援を受けて実施されました。

論文情報

【題名】Subsurface water runoff in an alpine catchment covered by Pinus pumila, Northern Japan Alps, Asian monsoon region(アジアモンスーン地域・北アルプスのハイマツからなる高山流域における地下水流出)
【著者名】Mayu Fujino, Maki Tsujimura, Koichi Sakakibara, An Nakata, Keisuke Suzuki
【掲載誌】Hydrological Sciences Journal
【掲載日】2026年9月30日
【DOI】10.1080/02626667.2026.2730347