ヒト膜タンパク質のダイナミックな動きを高感度でとらえる技術を開発
創薬標的分子が機能するメカニズムの解明に期待
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 創薬標的の50%を占めるヒト膜タンパク質が機能するメカニズムの解明や、生きたヒト細胞内でタンパク質が機能するメカニズムの解明への応用が期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
最適化/滞在時間/磁気共鳴/弱い相互作用/揺らぎ/相転移/スペクトル/重水素/二量体/チオレドキシン/結晶構造解析/原子分解能/計測技術/ダイナミクス/水素化/電子顕微鏡/分解能/特殊ペプチド/哺乳類/結晶構造/CD8/CD19/機能解析/細胞内シグナル/大腸/IgG4関連疾患/GPCR/Gタンパク質/Gタンパク質共役型受容体/RNA/アドレナリン受容体/アミノ酸/ストレス応答/タンパク質発現/リガンド/核磁気共鳴/核磁気共鳴法/細胞生物学/細胞培養/受容体/生体分子/創薬/大腸菌/中分子/動的構造/膜タンパク質/立体構造/立体構造解析/ストレス/抗体/酸化ストレス
2026-9-25●生命科学・医学系薬学研究科教授上田 卓見発表のポイント
創薬上重要な標的であるヒトの膜タンパク質分子のダイナミックな動きを高感度に観測する技術の開発に成功しました。ヒトの膜タンパク質の生産に適したヒト細胞における高効率な重水素標識法を開発することにより、核磁気共鳴法を用いた観測における従来法の約4倍の高感度化を達成しました。
創薬標的の50%を占めるヒト膜タンパク質が機能するメカニズムの解明や、生きたヒト細胞内でタンパク質が機能するメカニズムの解明への応用が期待されます。

NMR測定に向けたヒト細胞を用いた重水素標識法の開発
発表概要
東京大学大学院薬学系研究科の竹内恒教授、幸福裕講師、外山侑樹助教、山本泰雅大学院生と、理化学研究所生命医科学研究センターの嶋田一夫チームディレクター(研究当時、兼:バイオ産業情報化コンソーシアム(JBIC)特別顧問(研究当時))、千葉大学大学院薬学研究院の西田紀貴教授、大阪大学大学院薬学研究科の上田卓見教授らによる研究チームは、溶液中での生体分子の動きを原子分解能で解析できる核磁気共鳴(NMR)法を用いて、ヒトの膜タンパク質のダイナミックな動きを高感度に観測する技術を新たに開発しました。本研究では創薬標的の50%を占めるとされるヒト膜タンパク質を高効率に生産できるヒト細胞を用いて、従来は困難であるとされた高度な重水素標識を可能とする技術を開発し、NMR法を用いたヒトの膜タンパク質の解析で従来の約4倍の高感度化を達成しました。本技術は、重要な創薬標的である膜タンパク質の機能解明に役立つ他、生きた細胞内のタンパク質を原子分解能で解析するインセルNMR法にも応用できることから、創薬研究を含めた様々な応用研究が期待できます。
研究の内容
Gタンパク質共役型受容体や免疫受容体など、ヒトの膜タンパク質は、創薬標的のおよそ半数を占めることから、その立体構造解析が注目されています。近年の結晶構造解析や電子顕微鏡構造解析技術の進展により、多くの膜タンパク質の構造が解明されてきました。一方で、例えば、医薬品の薬効度は、単純に立体構造だけで決まるわけではなく、構造の揺らぎなど、動的な性質によっても左右されることが明らかとなっており、溶液中でのダイナミックな動きを解析できるNMR法の必要性が指摘されていました。しかしながら、ヒトの膜タンパク質では、ミリグラムスケールの試料を生産することが難しい場合が多く、NMR法の適用には測定感度の問題が障害となっていました。このような場合に重水素標識を行うことで、感度向上が期待できることは報告されていましたが、その適用範囲は、大腸菌、酵母、昆虫細胞で生産可能なタンパク質にとどまっていました。しかし、ヒトの膜タンパク質の中には、ヒトを含む哺乳類の細胞を用いてのみ生産可能なものも多く、これらの膜タンパク質へのNMR法の適用は困難でした。この度、本研究チームはヒト由来細胞の一種であるExpi293FTM細胞を用いて、平均標識率約70%となる高度な重水素標識を可能とする技術を、世界で初めて開発することに成功しました(図1)。この技術の開発にあたっては、細胞培養の条件の最適化や培地に含まれるアミノ酸組成などの最適化が不可欠でした。

図1. 開発した重水素標識技術と達成した重水素標識率
(A) 開発した重水素標識法を示した図。ヒト由来細胞Expi293FTM細胞を開発した組成の培地で3日間培養後、新しい培地に交換し、タンパク質発現のために追加で試薬を加えてタンパク質を合成します。
(B) 開発した手法で発現したタンパク質の各種アミノ酸残基に含まれる水素が、どの程度重水素標識されているかを示した図。アスタリスクの付いたメチオニン残基(Met)のα位の水素については、NMRシグナルが不明瞭であったため、算出対象外としました。
この技術を用いて、代表的な創薬標的膜タンパク質であるGタンパク質共役型受容体の一種、ヒトβ₂アドレナリン受容体のNMR解析を行った結果、重水素標識を行わない場合と比較して、約4倍に測定感度が向上しました(図2)。この結果、従来は見過ごされていた存在割合の低い状態の観測にも成功しました。このことは、ヒトβ₂アドレナリン受容体が様々な立体構造の間を揺れ動いていることを示すものであり、このような知見は医薬品の薬効などの正確な測定、また望ましい薬効を示す医薬品の合理的な設計の指針を立てる上で役に立つ可能性があります。

図2. 重水素標識していないヒトβ₂アドレナリン受容体(β₂AR)と重水素標識したβ₂ARのNMRスペクトル
β₂ARに含まれるメチオニン残基由来のシグナル強度を比較した図。下部の2次元NMRスペクトルは等高線で表しており、上部の1次元NMRスペクトルは点線部分での切り出しを表しています。切り出しから、感度が向上していることが分かります。また、M82は82番目のメチオニン残基由来のシグナルであることを示しており、重水素化したβ₂ARではM82について新たに1つのシグナルが観測されていることが分かります。
さらに、本技術を利用することで、Expi293FTM細胞でのみ生産実績のある免疫受容体の一種CD19とCD81の複合体について、初めてそのNMRスペクトルを観測することに成功しました(図3)。例えば、CD19を標的とする抗体がIgG4関連疾患の治療薬として使用されているなど、免疫受容体の機能を制御することは、免疫疾患に対する創薬上の課題です。本研究は、このような免疫受容体の解析、免疫受容体を標的とした創薬研究への応用も期待できます。

図3. 重水素標識していないCD19-CD81複合体と重水素標識したCD19-CD81複合体のNMRスペクトル
CD19-CD81複合体に含まれるメチオニン残基由来のシグナル強度を比較した図。下部の2次元NMRスペクトルは等高線で表しており、上部の1次元NMRスペクトルは点線部分での切り出しを表しています。切り出しから、β₂AR同様、感度が向上していることが分かります。
細胞内では様々な種類のタンパク質が機能しています。生きた細胞の中のタンパク質の構造や動きを観測するインセルNMR技術の発展により、試験管内のタンパク質と、細胞内に存在するタンパク質では、その構造や活性が異なることが分かってきています。本研究で開発した技術は、インセルNMR技術のさらなる高度化にも役立ちます。従来は、大腸菌など異種細胞で生産した標識タンパク質をヒトの細胞に導入することで、インセルNMR解析を行うことが主流でした。一部には、ヒトの細胞で標識タンパク質を細胞内に発現させ、そのまま観測するインセルNMR解析も報告されていました。しかし、高度な重水素標識技術なしでは、測定感度が低く、その適用範囲は広がっていませんでした。本研究では、細胞内の酸化ストレス応答に関わるタンパク質であるチオレドキシンを、ヒト細胞内で発現し、重水素標識を行うことで、高感度なインセルNMR観測が可能になることを示しました(図4)。本技術により、細胞内でのタンパク質の機能解析についても、さらなる進展が期待されます。

図4. インセルNMRの概要図と得られたチオレドキシン(Trx)のNMRスペクトル
(左)本研究で実施したインセルNMRの概要図。(右)TrxのインセルNMRで得られたスペクトル。A29およびA56は29番目および56番目のアラニン残基由来のシグナルであることを示しています。そのほかのシグナルは培地中や細胞内の化合物由来のシグナルです。
論文情報
雑誌名:Journal of the American Chemical Society題 名:High-level deuteration in mammalian cells for NMR studies of membrane proteins
著者名:Taiga Yamamoto, Yutaka Kofuku, Yutaro Ogaeri, Qingci Zhao, Noritaka Nishida, Takumi Ueda, Yuki Toyama, Ichio Shimada, Koh Takeuchi
DOI: 10.1021/jacs.6c11086
URL:https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.6c11086
本研究は、科研費「多様なリガンドによるGタンパク質共役型受容体の活性制御機構の解明(課題番号:JP25K02398)」、「Gタンパク質共役型受容体二量体構造の解明と創薬への応用(課題番号:JP25K22519)」「核磁気共鳴法を用いたGタンパク質共役型受容体によるシグナル制御機構の解明(課題番号:JP23K21289)」「NMR法を用いたリガンドー受容体間の弱い相互作用によるシグナル伝達制御機構の解明(課題番号:JP23H04055)」「動的構造に基づいた創薬標的膜タンパク質の動作機構解明(課題番号:JP20K21473)」「GPCR細胞内シグナル伝達の立体構造に基づく定量的解析(課題番号:JP19H04946)」「溶液NMR法による効率的な特殊ペプチドの動的立体構造解析法の開発(課題番号:JP23K18177)」「GPCRの活性化状態が薬物の親和性を規定するメカニズムの解明(課題番号:JP23H02618)」「薬物とGPCRの弱い相互作用が滞在時間に応じて生体応答を制御する機構の解明(課題番号:JP21H05509)」「核磁気共鳴法によるG蛋白質共役型受容体の活性制御機構の解明(課題番号:JP20H03375)」「動的構造平衡情報に基づく数理解析によるGPCRのシグナル制御機構の解明(課題番号:JP19H04951)」「長鎖構造非形成タンパク質の構造・機能解析を可能にする基盤技術の確立(課題番号:JP25K22521)」「NMR法を用いた細胞内創薬技術の開発(課題番号:JP22K18374)」「高活性化合物を創生し創薬標的の枯渇を解消する動的構造創薬技術の確立(課題番号:JP20H03378)」「中分子の膜透過を評価し膜透過活性を付与する創薬基盤技術の構築(課題番号:JP20K21494)」「核磁気共鳴法による膜タンパク質のin situ機能解明(課題番号:JP17H06097)」、触媒科学計測共同研究拠点、日本医療研究開発機構(AMED)「次世代治療・診断実現のための創薬基盤技術開発事業(RNA標的創薬技術開発・革新的中分子創薬技術の開発)」、科学技術振興機構(JST)「革新的計測技術による相転移ダイナミクスの解明」、理化学研究所構造細胞生物学プロジェクト、内藤記念科学振興財団、武田科学振興財団の支援により実施されました。
大阪大学 研究