水に含まれる環境DNAを長時間捕集・蓄積するパッシブサンプリング法の開発
―簡易的・効率的な魚類多様性モニタリング手法を提案―
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | PS法は非常に簡易的かつ効率的な調査手法であることから、今後、環境DNA調査における新たなツールとして活用が期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
発表のポイント
従来の水試料を用いた環境DNA(注1)分析では、採水した時間帯の魚類多様性が主に得られるため、夜行性の魚類などの検出には夜間の採水等が必要でした。本研究では、天然海綿スポンジを用いて水中に含まれる環境DNAを長時間累積的に捕集する「環境DNAパッシブサンプリング法(注2)」を開発しました。
日中から夜間にかけて一定時間ごとに採水された24時間分の水試料(採水法)と、水中に24時間浸漬した天然海綿スポンジ(パッシブサンプリング法(PS法))から検出された魚種数を比較し、その違いを評価しました。
PS法は、採水法の魚種数と比較して、同等またはそれ以上の魚種数を検出することができました。
採水法で検出された魚種数は、夜行性の種等で検出/非検出のばらつきがみられましたが、PS法ではばらつきの少ない魚種データが得られ、その有効性が示されました。
PS法は非常に簡易的かつ効率的な調査手法であることから、今後、環境DNA調査における新たなツールとして活用が期待されます。
研究成果の概要
山口大学大学院創成科学研究科(兼:環境DNA研究センター)の中尾遼平(なかおりょうへい)准教授、赤松良久(あかまつよしひさ)教授、ID&Eホールディングス株式会社傘下である日本工営株式会社の今村史子(いまむらふみこ)チーフスペシャリストらの研究グループは、水中に天然海綿スポンジを捕集材として長時間浸漬することで水中の環境DNAを捕集・蓄積する環境DNAパッシブサンプリング法を開発しました。本成果は、2026年7月21日に国際学術誌「Landscape and Ecological Engineering」に掲載されました。研究成果の詳細
(背景)環境DNA分析は、水域生態系における魚類の多様性調査に利用されはじめています。従来の環境DNA分析では主に採水法が用いられてきました。しかし、採水法で得られる魚類多様性は、スナップショット的情報(注3)であり、魚類の多様性を過小評価してしまう可能性があります。そのため、水試料を用いてこのような過小評価を防ぐためには、同じ地点での複数回の採水等を行う必要があり、多大な努力量と調査コストを要していました。
そこで本研究では、より簡易的かつ効率的な環境DNA調査手法として、パッシブサンプリング法(PS法)に着目しました。PS法は、捕集材を水中に長時間浸漬することで環境DNAを吸着・蓄積し、浸漬した時間に応じた時間累積的な魚類多様性の情報を得られる手法となっています(図1)。PS法における捕集材には活性炭や粘土等さまざまなものが利用されていますが、本研究では、その中でも天然素材で、入手や取扱いが容易な海綿スポンジを捕集材として採用し、河川環境と魚類を対象として従来の採水法と比較することで、海綿スポンジを用いたPS法の有効性を検討しました。
(研究手法)
本研究では、山口県を流れる佐波川中流域を調査地として、2021年および2022年に採水法とPS法による魚類環境DNA調査を計3回実施しました(図2)。採水法では、調査定点で2時間または3時間おきに河川水を1L採水し、フィルターを用いた現場ろ過を合計で24時間分まで行いました。対して、PS法では海綿スポンジを河川水中に浸漬し、24時間後に回収しました。
実験室にて、フィルター、圧搾液、海綿スポンジのそれぞれから環境DNAの抽出を行いました。フィルターからのDNA抽出はTsuji et al.(2022)を参考に従来法に従った手法で行い、溶液量の多い圧搾液や海綿スポンジからのDNA抽出には、Promega社のWizard® Enviro TNA Kitを用いたDirect Capture法(注4)(Mondal et al., 2021)を採用しました。その後、魚類のDNAを網羅的に増幅するMiFishプライマー(Miya et al., 2015)を用いたPCRを行いました。増幅したDNA配列を決定し、試料ごとに得られた魚類の検出種数について採水法とPS法間で比較しました。
(研究成果)
本研究で得られたPS法の魚種数は、採水法の魚種数と同等またはそれ以上の魚種数を示しました。また、採水法では、日中・夜間ともに各採水時間帯で検出された魚種数にばらつきがみられたのに対し、PS法ではばらつきの少ないデータが得られました(図3(A))。また、手法間での魚類の種構成に着目してみると、PS法でのみ検出された魚種も確認されました(図3(B))。これらの結果は、河川の魚類多様性調査に海綿スポンジを用いたPS法を適用することで、従来よりも時間・コスト効率的な環境DNA調査が可能であることを示唆しています。
(今後の展望)
本研究の成果により、PS法を用いた環境DNA調査の有効性を示すことができました。PS法は捕集材となる海綿スポンジを環境中に設置するだけで良いことから、従来の採水法では対応困難な環境(例えば、採水の難易度の高い深海や洪水時、水のない陸域等)にも適用できる可能性が考えられます。今後、PS法の適用環境の増加や技術的な基礎情報の蓄積が進むことで、環境DNA調査における新たなツールとしてPS法の利用が促進され、生物多様性をより詳細に理解するための貴重な情報の収集と蓄積に貢献することが期待されます。
参考図表

図1. 本研究で使用した環境DNAサンプリング手法(採水法・PS法)におけるそれぞれの特徴と違い

図2. 本研究の調査概要図。 (A) 調査地(山口県佐波川水系)と調査概要((1)、(2)調査地の景観、(3) PS法におけるサンプリング装置、(4) 河川に浸漬中のサンプリング装置)、(B) 採水法およびPS法の調査イメージ

図3. 採水法とPS法の比較結果。 (A) 検出された魚種数の比較(棒グラフの色は魚類の各分類群を示す)、 (B) 検出された魚類の種組成の重複を示したベン図。
謝辞
本研究は、下記の研究助成を受けて行いました。日本学術振興会科研費 挑戦的研究(開拓)(課題番号:22K18298)
国立研究開発法人科学技術振興機構 研究成果最適展開支援プログラム(A-STEP)トライアウトタイプ(課題番号:JPMJTM20RH)
関連特許
本研究で開発された手法は、「環境DNA又は環境RNAの回収方法」として、特許出願も行っております(PCR/JP2023/036721)。受託分析サービス
山口大学環境DNA研究センターではパッシブサンプリング法(PS法)を用いた受託分析サービスを実施しております。詳細は以下を参考にしてください。山口大学環境DNA研究センターWebページ
http://cedna.kenkyu.yamaguchi-u.ac.jp/passive.html
用語解説
注1)環境DNA:生物が自身の生息環境中(水中や土壌中など)に放出したDNA物質の総称。魚類の場合は、排泄物や粘液、表皮、精子などに由来する。
注2)環境DNAパッシブサンプリング法:
環境水中にDNAを吸着するための捕集材を浸漬し、補修材に吸着されたDNAを回収する調査手法。調査地では補修材を浸漬するだけでよいため、採水法等の従来法と比べて簡易的かつ効率的な調査方法として注目されている。
注3)スナップショット的情報:
ある特定の時間帯やタイミングを切り取った断片的な情報。採水法では、日中に採水をすると日中に出現しやすい魚類の多様性情報が得られやすくなるため、日中にあまり動かない夜行性の種やその場に偶然現れたような出現頻度の低い種(例えば絶滅危惧種等)を取りこぼし、魚類多様性の過小評価の要因のひとつとなる。
注4)Direct Capture法:
Promega社の核酸抽出キットを使用した核酸(DNA/RNA)抽出法。主に下水のような濁りや懸濁物の多い水試料を対象とした手法であり、大容量の溶液(100 mL程度)から核酸を抽出・精製にも対応することができる。
引用文献
Tsuji, S., Inui, R., Nakao, R., Miyazono, S., Saito, M., Kono, T., Akamatsu, Y. (2022) Quantitative environmental DNA metabarcoding shows high potential as a novel approach to quantitatively assess fish community. Scientific Reports, 12, 21524.Mondal, S., Feirer, N., Brockman, M., Preston, M.A., Teter, S.J., Ma, D., Goueli, S.A., Moorji, S., Saul, B., Cali, J.J. (2021) A direct capture method for purification and detection of viral nucleic acid enables epidemiological surveillance of SARS-CoV-2. Science of the Total Environment, 795, 148834.
Miya, M., Sato, Y., Fukunaga, T., Sado, T., Poulsen, J. Y., Sato, K., Minamoto, T., Yamamoto, S., Yamanaka, H., & Araki, H. (2015). MiFish, a set of universal PCR primers for metabarcoding environmental DNA from fishes: Detection of more than 230 subtropical marine species. Royal Society Open Science, 2(7), 150088.
論文発表の概要
研究論文名:Efficacy of natural marine sponges as a passive environmental DNA sampler for freshwater fish diversity monitoring著者: ・中尾遼平(*責任著者)(山口大学大学院創成科学研究科) ・稲葉愛美(岡山大学異分野基礎科学研究所、山口大学大学院創成科学研究科(研究当時)) ・宮園誠二(山口大学大学院創成科学研究科) ・齋藤稔(国際農林水産業研究センター、山口大学大学院創成科学研究科(研究当時)) ・丸山啓太(東京海洋大学海洋環境科学部門、山口大学大学院創成科学研究科(研究当時)) ・今村史子(日本工営株式会社) ・赤松良久(山口大学大学院創成科学研究科)
掲載誌:Landscape and Ecological Engineering
掲載日:2026年7月21日
DOI:10.1007/s11355-026-00738-0
問い合わせ先
<研究に関すること> 山口大学大学院創成科学研究科准教授 中尾 遼平(なかお りょうへい)
TEL:0836-85-9813
E-mail:rnakao@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp) HP:http://cedna.kenkyu.yamaguchi-u.ac.jp/ https://sites.google.com/view/ryohei-nakao/home/
<報道に関すること>
山口大学 総務部総務課広報室
TEL:083-933-5007
E-mail:sh011@(アドレス@以下→yamaguchi-u.ac.jp)
ID&Eホールディングス株式会社 経営管理本部 コーポレートコミュニケーション室
TEL:03-5276-2454
E-mail:c-com@(アドレス@以下→n-koei.co.jp)
HP:https://www.id-and-e-hd.co.jp/
山口大学 研究