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東京大学 研究Discovery Saga
2026年9月2日

犬の尿路上皮癌に対する新たな分子標的治療を確立

―ソラフェニブの有効性と予後予測バイオマーカーを実証―

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
マウスなどの人工的ながんモデルでは評価が難しい薬剤の有効性や副作用を、犬の自然発症がんモデルを用いて検証できることを示すものであり、比較腫瘍学を通じたヒトの創薬研究への応用も期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
総合生物農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
実験動物/診断法/獣医学/腫瘍学/浸潤/動物モデル/病理/病理学/膀胱がん/甲状腺/分子標的/予後予測/悪性腫瘍/がん細胞/ケモカイン/ステロイド/マウス/肝細胞/血液/血管新生/抗炎症/抗腫瘍効果/創薬/副作用/免疫細胞/臨床試験/バイオマーカー/遺伝子/遺伝子発現/医師/血圧/個別化医療/抗がん剤/高血圧/分子標的治療/分子標的薬/薬物療法

発表のポイント

◆犬の尿路上皮癌に対してソラフェニブとピロキシカムの併用療法が有効であることを獣医師主導臨床試験により証明しました。
◆尿沈渣中の腫瘍細胞におけるCX3CL1発現およびソラフェニブにより生じる高血圧が治療予後と関連することを明らかにし、新たなバイオマーカーとしての可能性を示しました。
◆本研究成果は、マウスなどの実験動物モデルでは評価が困難な分子標的薬のOn-target toxicityと治療効果との関連性を、犬の“自然発症がんモデル”を用いることで検証できることを初めて示した前向き試験です。

ソラフェニブ/ピロキシカム併用療法を受けた尿路上皮癌の犬の膀胱腫瘤の変化(左:投与前、右:投与後)

発表概要

 犬の尿路上皮癌は局所浸潤性が強く、転移もしばしば認められる難治性の悪性腫瘍です。現在広く用いられている薬物療法では十分な治療効果が得られず、新たな治療法の開発が求められていました。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の前田真吾准教授らの研究グループは、分子標的薬(注1)ソラフェニブ(注2)と非ステロイド性抗炎症薬ピロキシカムを併用した獣医師主導臨床試験を実施し、高い抗腫瘍効果と良好な安全性を確認しました。さらに、腫瘍細胞におけるCX3CL1(注3)遺伝子発現および治療中に認められる高血圧が、治療成績を予測するバイオマーカー(注4)となることを明らかにしました。
 本研究は、ヒトと同様にがんを自然発症する犬を対象として、分子標的薬に特有の副作用であるOn-target toxicity(注5)が良好な治療効果と関連することを初めて前向き臨床試験(注6)により実証した成果です。これは、マウスなどの人工的ながんモデルでは評価が難しい薬剤の有効性や副作用を、犬の自然発症がんモデルを用いて検証できることを示すものであり、比較腫瘍学(注7)を通じたヒトの創薬研究への応用も期待されます。

発表内容

 犬の尿路上皮癌は、高齢犬に発生する悪性腫瘍であり、局所浸潤や遠隔転移を生じやすいことから予後不良の疾患として知られています。近年では分子標的治療への期待が高まっていますが、犬の尿路上皮癌に対して有効性が科学的に実証された分子標的薬は限られていました。ソラフェニブは、BRAFやVEGFRなど複数の分子を標的とする分子標的薬であり、ヒトでは肝細胞癌や腎細胞癌などの治療に広く用いられています。しかし、犬の尿路上皮癌に対する臨床的有効性や、その治療効果を予測する指標についてはこれまで明らかになっていませんでした。
 本研究では、尿路上皮癌の犬43例を対象に、ソラフェニブとピロキシカムを併用した獣医師主導臨床試験を実施しました。なお、本研究は東京大学附属動物医療センター臨床試験委員会の承認を受けて実施されました。その結果、奏効率は62.8%、無増悪生存期間中央値は175日、全生存期間中央値は407日と良好な治療成績が得られ、ソラフェニブが犬の尿路上皮癌に対する有望な分子標的治療となる可能性が示されました(図1)。
 さらに、治療効果を予測する因子について解析した結果、尿沈渣中の腫瘍細胞におけるCX3CL1遺伝子発現が高い症例、および治療中に高血圧を呈した症例では、より長い生存期間が得られることを明らかにしました。高血圧はVEGFRを標的とする分子標的薬でしばしば認められる副作用であり、標的分子が十分に阻害された結果として生じるOn-target toxicityとして知られています。本研究は、自然発症した犬の尿路上皮癌を対象とした前向き臨床試験として初めて、On-target toxicityと良好な治療効果との関連を明らかにしたものです(図2)。
 本研究は、ソラフェニブが犬の尿路上皮癌に対する新たな分子標的治療となる可能性を示すとともに、CX3CL1や治療中の高血圧を活用した個別化医療の実現につながることが期待されます。さらに、犬はヒトと同様に自然発症するがんを発症し、その生物学的特徴や薬剤応答性がヒトのがんと類似していることから、本研究は比較腫瘍学の観点からも重要な成果です。自然発症がんモデルを用いることで、マウスなどの人工的ながんモデルでは評価が難しいOn-target toxicityと治療効果の関連を臨床的に検証できることを示した本成果は、ヒト膀胱がんに対するVEGFR標的治療の開発や創薬研究への応用にもつながることが期待されます。

図1 ソラフェニブ併用群における生存期間
 標準治療薬であるピロキシカムのみを投与したヒストリカル・コントロール群(黄線)と比べて、ピロキシカムとソラフェニブを併用投与した試験群(緑線)では生存期間が約2倍に延長した。

図2 ソラフェニブ投与後高血圧と生存期間
左:ソラフェニブ投与前と比べて投与後では、約半数の症例で収縮期血圧が上昇した。
右:ソラフェニブ投与後に高血圧を認めた症例(赤線)では、認めなかった症例(黒線)よりも生存期間の延長がみられた。

発表者・研究者等情

東京大学
大学院農学生命科学研究科獣医学専攻
 前田 真吾 准教授
 横田 翔平 博士課程(研究当時)
 小森 万緒 博士課程
 後藤 裕子 特任准教授
 チェンバーズ・ジェームズ 准教授
 内田 和幸 教授
 米澤 智洋 准教授
 桃井 康行 教授

論文情報

雑誌名:Scientific Reports
論文タイトル:Sorafenib/piroxicam therapy with biomarker-defined survival benefit in canine muscle-invasive urothelial carcinoma
著者:Shingo Maeda*, Shohei Yokota, Mao Komori, Yuko Goto-Koshino, James K. Chambers, Kazuyuki Uchida, Tomohiro Yonezawa, Yasuyuki Momoi(*責任著者)
DOI:10.1038/s41598-026-64955-1
URL:https://doi.org/10.1038/s41598-026-64955-1

研究助成

本研究は、科研費(課題番号:19H00968、23H00357)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)分子標的薬
がん細胞の増殖や生存に重要な役割を果たす特定の分子を狙って作用する薬剤。従来の抗がん剤に比べて正常な細胞への影響を抑えながら治療できることが特徴で、近年、多くのがんで新たな治療法として用いられている。

(注2)ソラフェニブ
がん細胞の増殖や腫瘍への血管新生に関わるBRAFやVEGFRなど複数の分子を阻害する分子標的薬。ヒトでは肝細胞癌、腎細胞癌、甲状腺癌などの治療薬として承認されている。

(注3)CX3CL1
免疫細胞を呼び寄せる働きをもつ「ケモカイン」と呼ばれるタンパク質の一つ。本研究では、腫瘍組織でCX3CL1の発現が高い犬ほどソラフェニブ治療後の生存期間が長いことが示され、治療効果を予測する新たなバイオマーカーとなる可能性が示された。

(注4)バイオマーカー
病気の診断や重症度、治療効果などを予測・評価するための生体指標。遺伝子やタンパク質、血液検査値などが用いられ、患者ごとに最適な治療を選択する個別化医療の実現に重要な役割を果たしている。

(注5)On-target toxicity(オンターゲット・トキシシティ)
分子標的薬が標的分子を十分に阻害した結果として生じる副作用。単なる有害事象ではなく、薬剤が期待どおり作用していることを反映する場合があり、治療効果との関連が報告されている。

(注6)前向き臨床試験
あらかじめ決めた計画に従って患者を登録し、治療効果や安全性を将来に向かって評価する研究。治療法の有効性を検証するうえで信頼性の高い研究デザインとされている。

(注7)比較腫瘍学(Comparative Oncology)
犬など自然にがんを発症する動物とヒトのがんを比較して研究する学問分野。両者に共通する病態や治療反応を明らかにすることで、新しい診断法や治療法の開発につなげることを目的としている。

問い合わせ先

<研究内容については発表者にお問合せください>
東京大学大学院農学生命科学研究科 獣医学専攻 獣医臨床病理学研究室
准教授 前田 真吾(まえだ しんご)
Tel:03-5841-3096
E-mail:amaeda<アット>g.ecc.u-tokyo.ac.jp<アット>を@に変えてください。
研究室HP:https://www.maedalab.com/

<機関窓口>
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
事務部総務課総務チーム広報情報担当
Tel: 03-5841-5484 E-mail: koho.a<アット>gs.mail.u-tokyo.ac.jp<アット>を@に変えてください。

関連教員

前田 真吾
チェンバーズ・ジェームズ
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米澤 智洋
桃井 康行