気候変動で世界のチョウが大移動
――世界規模の解析により、分布変化は従来の想定をはるかに上回る規模と複雑さで進行していることを解明――
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 昆明・モントリオール生物多様性枠組に基づく国際的な保全政策や、気候変動時代における生物多様性の保全・再生に向けた科学的基盤となることが期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
自然保護/人間活動/外来種/ホットスポット/異常気象/気候変動/脊椎動物/高温環境/情報収集/モニタリング/農業開発/生態系/昆虫類/土地利用/温暖化/生態学/生物資源/生物多様性/脊椎/遺伝子/標準化
2026.08.06
気候変動で世界のチョウが大移動――世界規模の解析により、分布変化は従来の想定をはるかに上回る規模と複雑さで進行していることを解明――
umut news
発表のポイント
◆世界105か国、1,758種、6,182件の分布変化記録を統合した、チョウ類では世界最大規模の解析を実施しました。◆世界のチョウ類の約10種に1種で分布域の変化が確認され、その約8割は気候変動や異常気象と関連していることを明らかにしました。
◆英語文献だけでなく15言語の文献と49か国68名の専門家による知見を統合することで、従来見落とされていた熱帯地域の分布変化を明らかにし、気候変動時代に対応した新たな生物多様性モニタリングと保全の枠組を提案しました。
概要
東京大学総合研究博物館の矢後勝也 講師は、豪州モナシュ大学のShawan Chowdhury 講師、米国フロリダ大学の河原章人 教授、ドイツ統合生物多様性研究センターのGuy Pe’er 農業・生態系グループリーダー、仏国ピカルディ・ジュール・ヴェルヌ大学のJonathan Lenoir CNRS主任研究員らによる国際共同研究に参画し、世界のチョウ類における分布変化を解析しました。本研究では、世界105か国を対象として、1,758種について6,182件の分布変化記録を収集・解析しました。これはチョウ類ではこれまでで最大規模の解析であり、英語論文だけでなく、非英語圏の15言語で出版された地域の文献や49か国68名の専門家による知見を統合した点が大きな特徴です。
その結果、世界のチョウ類の約10%で分布域の変化が確認され、その約8割は気候変動や異常気象と関連していることが明らかになりました。分布域を拡大した種は80%に達した一方で、27%では分布域の縮小、22%では標高方向への移動も確認されました。
また、本研究により、チョウ類の分布変化は、従来よく調べられてきた欧州や北米だけでなく、チョウ類が分布する各大陸で進行していることが示されました。特に、非英語文献や専門家の知見を加えることで、これまで十分に把握されていなかった熱帯地域の分布変化が明らかになり、英語文献のみに依存した解析では世界的な分布変化の実態を大きく過小評価する可能性があることも示されました。
■ 発表内容
<研究の背景>
気候変動や土地利用の変化は、生物が生息できる環境を急速に変化させています。その結果、多くの生物は、より適した環境を求めて分布域を移動しています。しかし、これまでの研究は欧州や北米など温帯地域に偏っており、生物多様性が最も豊かな熱帯地域では、分布変化の実態が十分に把握されていませんでした。
チョウ類は、気温変化に敏感で、生活史が比較的短く、分布変化が記録されやすいことから、気候変動の影響を把握するための「早期警戒指標」として重要な生物群です。一方で、世界的な解析には、地域文献や非英語文献、専門家の知見を含めた包括的な情報収集が不可欠でした。
<研究内容・成果>
研究グループは、世界105か国を対象に565編の学術論文、15言語で出版された地域文献、さらに49か国68名のチョウ研究者・専門家から提供された知見を統合し、1,758種・6,182件の分布変化記録を収録した世界最大規模のデータベースを構築しました。その結果、チョウ類の分布変化は、生息するほぼすべての大陸で確認され、分布域の拡大、縮小、標高方向への移動など、多様な分布変化が世界各地で進行していることが明らかになりました(図1)。

A~E:分布変化に関する累積報告数を、国別(A~D)および科別(E)に示した。A:分布変化全体、B:分布拡大、C:分布縮小、D:標高方向への分布変化、E:各科の分布変化の概要。国別地図(A~D)の色は対数スケールで表示しており、各国のチョウ類の分布変化を報告した研究数(専門家評価を含む)を示す。値が0(白色)は、その国においてチョウ類の分布変化を報告した研究が確認されなかったことを表す。各地図の右側に示したヒストグラムは、種ごとの分布変化に関する累積的な報告数(各種について分布変化が報告された研究数)を示している。科別解析(E)では、①各科について、既知の全種数に対して本研究のデータセットに含まれる種の割合(○)と、②本研究で分布変化が確認された全1,758種に対する各科の割合(●)の両方を示した。
解析の結果、世界のチョウ類の約10種に1種で分布域の変化が確認されました。このうち80%の種では分布域が拡大し、27%では分布域が縮小、22%では標高方向への移動も確認されました。分布変化の約8割は気候変動や異常気象と関連しており、温暖化がチョウ類の生息可能な地域を大きく変化させていることが示されました。国別にみると、欧州では多くのチョウ類で分布変化が記録されている一方、熱帯地域では記録そのものが著しく不足していることも明らかになりました(図2・3)。

左上:分布変化全体、右上:分布拡大、左下:分布縮小、右下:標高方向への分布変化。各図の値は、それぞれの国で確認されているチョウ類全種数に対する分布変化種の割合(%)を示す。0%(白色)は、対象国から分布変化に関するデータが得られなかったことを表す。欧州での高い割合は、実際に分布変化が多く生じていることに加え、長期モニタリングが充実しているため分布変化を検出しやすいことも反映している。一方、多くの熱帯諸国で割合が低いのは、分布変化に関するデータ不足の可能性が高い。

左上:分布変化全体、右上:分布拡大、左下:分布縮小、右下:標高方向への分布変化。各図の値は、本研究のデータセットにおいて、対象国または他国で分布変化が報告されたチョウ類を母集団とし、そのうち各国で分布変化が確認された種の割合(%)を示す。0%(白色)は、その国からチョウ類の分布変化に関するデータが得られなかったことを示す。欧州での高い割合は、実際に分布変化が多いことのほか、充実した長期モニタリングにより分布変化を検出しやすいことが大きい。一方、多くの熱帯諸国での低い割合はデータ不足の可能性が高い。諸国で割合が低いのは、分布変化に関するデータ不足の可能性がある。
一方で、分布域の縮小には、生息地の消失や土地利用の変化、農業開発、人為的攪乱、外来種なども関与しており、チョウ類の分布変化は気候変動だけでなく、地域ごとの複数の要因に
よって複雑に進行していることが明らかとなりました(図4)。
さらに、中央アフリカ、東南アジア、ニューギニア、アマゾン流域など、生物多様性ホットスポット(注1)では依然として情報不足が深刻であることも示されました(図2・3)。熱帯のチョウ類はすでに高温環境に近い条件で生息している種が多く、わずかな気温上昇でも生息限界を超える可能性があります。にもかかわらず、これらの地域では長期的かつ標準化されたモニタリングが不足しており、保全上の大きな盲点となっています。
矢後勝也講師は、主に日本語文献の収集・評価、日本産チョウ類の分布変化情報の提供を担当するとともに、国際専門家ネットワークの一員として本研究に参画しました。

A:チョウ類の分布変化に関与すると報告された要因の概要。各棒グラフは、それぞれの要因が分布変化の原因として挙げられたチョウ類の種数を示す。B:大陸別にみた分布変化要因の内訳。「Threats(%)」は、各大陸における種ごとの分布変化について、それぞれの要因が報告された割合を表す。要因の詳細は以下の通り。Agriculture:農業・水産養殖、Climate:気候変動および異常気象、Development:住宅・商業開発、Energy:エネルギー開発・鉱業、Intrusion:人間活動による攪乱、Invasive:外来種およびその他の問題となる生物・遺伝子・疾病、Modifications:自然環境の改変、Resource use:生物資源の利用、Transportation:交通・輸送インフラ。
■ 今後の展望
本研究は、気候変動による生物分布の再編が将来の予測ではなく、すでに進行している現実であることを示しました。また、チョウ類の分布変化を正確に把握するためには、英語文献に偏らない、公平で標準化された多言語の生物多様性モニタリング体制が不可欠であることを明らかにしました。
研究グループは、今後の保全に向けて、1)熱帯地域などデータが不足している地域での長期モニタリングの拡充、2)市民科学、博物館標本、多言語文献、地域研究者の知見を統合した世界的なデータ基盤の整備、3)種の分布変化を保全計画へ反映する適応的な保全戦略の推進、の3つを柱とする新たな枠組みを提案しています。
現在の保護区やレッドリスト(注2)は、種の分布を静的なものとして扱う場合が多く、気候変動に伴って移動する生物への対応は十分ではありません。今後は、生息地の連結性や気候避難地の保全、将来の分布変化を予測した保全計画を取り入れることで、変化する環境に対応した保全へ転換していくことが求められます。
この研究で構築したデータベースや解析手法は、チョウ類だけでなく、他の昆虫類や脊椎動物など幅広い生物群にも応用可能です。本成果は、昆明・モントリオール生物多様性枠組(注3)に基づく国際的な保全政策や、気候変動時代における生物多様性の保全・再生に向けた科学的基盤となることが期待されます。
用語解説
(注1)生物多様性ホットスポット本研究は生物種や固有種が特に豊富である一方、生息環境の破壊が進み、保全の優先度が特に高い重要地域。
(注2)レッドリスト
生物の絶滅危険度を評価し、絶滅のおそれの程度に応じて分類した一覧。世界では国際自然保護連合(IUCN)、日本では環境省が作成し、保全対策の基礎資料として活用されている。
(注3)昆明・モントリオール生物多様性枠組
2022年に採択された、生物多様性の保全と回復に向けた国際目標。2030年までに陸域・海域の少なくとも30%を保全する「30by30」などを含み、各国の生物多様性政策の基盤となっている。
■発表者・研究者等情報
【発表者】東京大学 総合研究博物館
矢後 勝也 講師
【共同研究者】
豪州 モナシュ大学 生物科学科
Shawan Chowdhury(シャワン・チョウドリー) 講師
備考:筆頭著者
米国 フロリダ大学 フロリダ自然史博物館
河原 章人 教授
独国 ドイツ統合生物多様性研究センター
Guy Pe’er( ガイ・ペーア ) 農業・生態系グループリーダー
備考:共同責任著者
仏国 ピカルディ・ジュール・ヴェルヌ大学 生態学・生態系動態研究ユニット
Jonathan Lenoir(ジョナタン・ルノワール) CNRS主任研究員
備考:共同責任著者
論文情報
雑誌名:nature ecology & evolution題 名:Extensive climate-induced range shifts in butterflies across the globe(8月5日付掲載)
著者名:Shawan Chowdhury, Upama Aich, Laura H Antão, Stefan Pinkert, Perpetra Akite, Gilberto SS Almeida, Tatsuya Amano, Andras Ambrus, Jade AT Badon, Seung-Yun Baek, Maksims Balalaikins, Michal Barták, Vijay Barve, Michał Bełcik, Timothy Bonebrake, Simona Bonelli, Diana E Bowler, Michael F Braby, Roger Caritg, Sei-Woong Choi, Wen-Chen Chu, Eloisa Clain, Steve Collins, Johnattan H Cumplido, Leonardo Dapporto, Gideon G Deme, Matthias Dolek, Aleksandra Dolezal, Fahmi Idris Firdaus, Markus Franzén, André VL Freitas, Richard A Fuller, Luisa Gensch, Eliza Grames, Elia Guariento, Bryan Haywood, Shiran Hershcovich, Kerstin Jantke, Eddie John, Henrik Kalivoda, Azadeh Karimi, Ryosuke Katayose, Akito Y Kawahara, Sujan Khanal, Krushnamegh Kunte, Lionel L’Hoste, Magdalena Lenda, Jorge L. León-Cortés, Da-Li Lin, Yuet Fung Ling, Maria Lucia Lorini, Dirk Maes, Dino Martins, Thomas Merckx, Xavier Mestdagh, Yeray Monasterio, Akihiro Nakamura, Rachel RY Oh, Lars B Pettersson, Jeffrey S Pippen, Clara Pladevall, Ingrid L Pollet, Patrice Pottier, Muhammad A Rafi, Danielle L Ramos, Tharindu Ranasinghe, Fanie Rautenbach, Martin Reith, Abubakar S Ringim, Federico Riva, David B Roy, Nils Ryrholm, Marjo Saastamoinen, Josef Settele, William Sidemo-Holm, Piotr Skorka, Nigel E Stork, Sanej P Suwal, Giedrius Švitra, Ann B Swengel, Scott R Swengel, Nicolas Titeux, Robert Tropek, Olga Tzortzakaki, Chris van Swaay, Rudi Verovnik, Jerome L Wiedmann, Martin Wiemers, Masaya Yago, Hossein Yazdandad, Oz B Yehuda, Konstantina Zografou, Aletta Bonn, Guy Pe’er, Jonathan Lenoir
DOI: 10.1038/s41559-026-03117-y
URL: https://doi.org/10.1098/rspb.2026.1055
■研究助成
本研究は、JSPS科研費(JP17K07528、JP25K02031)ほか、多くの支援を受けて実施されました。
東京大学 研究