過剰な炎症を鎮める脂質応答の新機構を解明
酵素処理した細胞外小胞による新たな治療戦略
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 幅広い炎症性疾患に対する新たな治療法の開発に期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【持続可能な開発目標(SDGs)】
【Sagaキーワード】
持続可能/持続可能な開発/生物資源/微生物/IBD/リパーゼ/細胞膜/ARDS/TNFα/ウイルス感染症/炎症性疾患/炎症性腸疾患/急性呼吸窮迫症候群/細胞外小胞/浸潤/免疫抑制/臨床応用/パンデミック/新型コロナウイルス/PI3K/モデルマウス/間葉系幹細胞/免疫療法/AKT/SREBP/TNF/インフルエンザ/ファージ/ホスホリパーゼ/ホスホリパーゼA2/マウス/マクロファージ/リン脂質/炎症性サイトカイン/幹細胞/肝細胞/肝障害/血液/好中球/抗炎症/抗炎症作用/脂質メディエーター/脂肪酸/上皮細胞/代謝物/転写因子/敗血症/不飽和脂肪酸/免疫細胞/ウイルス/コミュニケーション/サイトカイン/遺伝子/感染症/脂質/脂質代謝/新型コロナウイルス感染症
2026-8-1●生命科学・医学系微生物病研究所教授幸谷 愛発表のポイント
肝細胞由来の細胞外小胞を酵素で処理すると、過剰な炎症を鎮める脂質が大量に産生されることを発見。この脂質応答を「リピッド・カウンターストーム」と命名。重症感染症などで見られるサイトカインストームに対して強力な治療効果を発揮することを明らかに。
リピッド・カウンターストームを引き起こす鍵となる脂質を特定し、その働きを人工的に再現することにも成功。幅広い炎症性疾患に対する新たな治療法の開発に期待。
発表概要
東海大学医学部 中山駿矢客員研究員(日本大学生物資源科学部助教)、大阪大学微生物病研究所 金森茜特任研究員(常勤)(日本学術振興会特別研究員)、鎌倉武史助教、幸谷愛教授らの研究グループは、大阪大学、東海大学、東京大学、筑波大学との共同研究により、肝細胞由来の細胞外小胞(EVs)を酵素(分泌型ホスホリパーゼA2、sPLA2)で処理した「SPLEVs」が、致死的なサイトカインストーム症候群に対して極めて強力な治療効果を持つことを世界で初めて明らかにしました。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)や敗血症、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)などで見られるサイトカインストームは、免疫の暴走により全身に強い炎症を引き起こす致死的な状態です。現在、その治療法として間葉系幹細胞由来の細胞外小胞などが注目されていますが、より高い治療効果を持ち、かつ大量生産が可能な安価な薬剤の開発が急務となっていました。研究グループは、SPLEVsが間葉系幹細胞由来の細胞外小胞よりも強く肺の炎症(好中球の浸潤や炎症性サイトカインの産生)を抑えることを見出しました。
さらに詳細な解析から、SPLEVsは肺胞の細胞に直接作用し、細胞膜の流動性を高めるとともに、組織を保護する多価不飽和脂肪酸(PUFA)由来の炎症を鎮める脂質の産生を促進することが判明しました。研究グループはこの過剰な炎症の波に逆らう現象を「リピッド・カウンターストーム」と名付けました。また、この効果の鍵となる脂質代謝物(LPG)を特定し、人工的なリポソーム(PG-SPLEVs)でも同等の治療効果を再現することに成功しました。
本研究により、細胞を用いない安価な「人工SPLEVs」が、将来的に幅広い炎症性疾患に対する有効な治療法となることが期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に、8月1日(土)午前3時(日本時間)に公開されました。

図1. SPLEVsは肺胞上皮細胞に作用して炎症を鎮める脂質を大量に誘導し、「リピッド・カウンターストーム」を引き起こすことでサイトカインストームを抑制する。
研究の背景
感染症やがんの免疫療法などにおいて、免疫が過剰に反応して炎症性サイトカインを放出する「サイトカインストーム」は、呼吸不全や多臓器不全を引き起こす非常に危険な状態です。この過剰な炎症を抑えるため、これまでは炎症のアクセルを踏み外さないようにする免疫抑制療法が開発されてきましたが、十分な効果が得られないケースも多く、新たな治療戦略が求められていました。一方で近年、脂質が持つ「炎症を鎮める力(組織保護的な脂質メディエーター)」が注目を集めています。細胞同士のコミュニケーションツールである細胞外小胞(EVs)は、分泌型ホスホリパーゼA2(sPLA2)という脂質分解酵素によってその性質や機能が大きく変わることがこれまでの研究で分かってきました。そこで研究グループは、元来組織保護作用を持つとされる肝細胞由来のEVsに着目し、これをsPLA2で人為的に修飾した「SPLEVs」を作成し、その治療効果を検証しました。
研究の内容
研究グループは、SPLEVsをARDSのモデルマウスに静脈内投与しました。その結果、現在臨床応用が期待されているMSC由来のEVsと比較しても、肺への炎症細胞(好中球)の浸潤をより強力に抑え、血中の炎症性サイトカイン(IL-6やTNFα)を著しく低下し、組織炎症スコアを抑制することを発見しました。そのメカニズムを調べたところ、以下のことが明らかになりました。
· 肺胞上皮細胞への作用と脂質合成の活性化:
SPLEVsは免疫細胞(マクロファージ)ではなく、肺胞を構成する「II型肺胞上皮細胞」に直接作用します。細胞内に取り込まれると、PI3K-AKT経路を介して、脂質合成を司るマスター転写因子「SREBP1」が強く活性化されます。
· 「リピッド・カウンターストーム」の発生:
SREBP1の働きにより、炎症を鎮め組織を保護する多価不飽和脂肪酸(PUFA)由来の脂質メディエーターが大量に産生されます。サイトカインストームに抗うように生体を守る脂質群が押し寄せるこの現象を、研究グループは「リピッド・カウンターストーム」と名付けました。なお、SREBP1遺伝子を持たないマウスでは、この治療効果は失われます。
· 有効成分「LPG」の特定と人工リポソームによる再現:
細胞外小胞に豊富に含まれるリン脂質(PG)が酵素で分解されて生じる「リゾホスファチジルグリセロール(LPG)」が、抗炎症作用の鍵であることを突き止めました。さらに、PGのみで作った人工リポソームを酵素処理した「PG-SPLEVs」でも、細胞由来のSPLEVsと同等の高い治療効果を再現することに成功しました。

図2. SPLEVsによるリピッド・カウンターストームは組織炎症スコアを抑制した
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により、SPLEVsがARDSのみならず、敗血症、血液凝固障害、急性肝障害、炎症性腸疾患(IBD)、インフルエンザ肺炎など、極めて多様な炎症モデルにおいて強力な治療効果を持つことが実証されました。将来的に、このSPLEVsのメカニズムを応用して、有効成分であるLPGなどを組み込んだ人工的なリポソームを作成できれば、従来の細胞由来製剤よりも安価で大量生産が可能な新薬の開発に繋がります。COVID-19をはじめとする将来のパンデミック感染症に対する、強力な「切り札」となることが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2026年8月1日(土)午前3時(日本時間)に米国科学誌「Science Advances」(オンライン)に掲載されました。タイトル:“sPLA2-reacted extracellular vesicles (SPLEVs) as a therapeutic modality for cytokine storm syndromes”
著者名:Shunya Nakayama, Akane Kanamori, Takeshi Kamakura, Kosuke Kamiya, Masaya Araki, Koichiro Tateishi, Yoko Ito, Yoshiki Shiraishi, Yasushi Nakamoto, Kai Kudo, Ryo Yanagiya, Takanobu Shimizu, Yoshimi Miki, Yuki Nagasaki, Hiroyuki Hosokawa, Yumi Matsuzaki, Hitoshi Shimano, Koichiro Asano, Norio Yamamoto, Makoto Murakami, Ai Kotani*(*責任著者)
DOI:10.1126/sciadv.adr9135
本研究は、東京大学(村上誠教授、長崎祐樹助教)、東海大学(紙屋光佑修士学生(研究当時)、浅野浩一郎特任教授、伊藤洋子教授、白石良樹准教授、山本典生教授、カレーラスジョアキム准教授、中村直哉客員教授)、筑波大学(荒木雅弥日本学術振興会特別研究員(研究当時、現富山大学)、島野仁客員教授)との共同研究により行われました。
また、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業、日本医療研究開発機構(AMED)、科学技術振興機構(JST)CRESTなどの支援を得て行われました。
参考URL
大阪大学微生物病研究所感染腫瘍制御分野HPhttps://k-lab.biken.osaka-u.ac.jp/
SDGsの目標

大阪大学 研究