イネの葉の「超撥水性」の仕組みを解明
――洪水や乾燥に強い作物の開発と、超撥水性材料への応用に道――
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 洪水や乾燥などの環境ストレスへの適応性向上を目指した作物育種や、植物の超撥水構造を模倣した新しい高機能材料(バイオミメティクス)の開発につながることが期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
最適化/気候変動/光合成/材料科学/走査型電子顕微鏡/固体表面/生物模倣/コーティング/ナノサイズ/ナノ構造/バイオミメティクス/マイクロ/階層構造/環境負荷/接触角/電子顕微鏡/微細構造/親水性/機能材料/トウモロコシ/病原菌/変異体/環境ストレス/糸状菌/表面構造/水田/イネ/層構造/病原体/脂肪酸/誘導体/ゲノム/ストレス/遺伝学/遺伝子
発表のポイント
◆イネの葉がハスの葉と同様に示す「超撥水性」(注1)の仕組みを、微細構造、遺伝子、進化の3つの視点から世界で初めて体系的に解明しました。◆イネの超撥水性はマイクロサイズの微細突起(パピラ)(注2)と、表面を覆うナノサイズのワックス結晶(注3)が協調して働くことで生み出され、それらを制御する5つの主要遺伝子を明らかにしました。
◆本研究で得られた知見は、洪水や乾燥などの環境ストレスへの適応性向上を目指した作物育種や、植物の超撥水構造を模倣した新しい高機能材料(バイオミメティクス)の開発につながることが期待されます。
イネの超撥水性の仕組み
発表概要
東京大学大学院農学生命科学研究科の伊藤純一准教授と国立遺伝学研究所の共同研究グループは、イネの葉がハスの葉と同じように水を強くはじく「超撥水性」を示す仕組みを、表面構造・遺伝子・進化の各側面から世界で初めて包括的に解明しました。植物の葉の超撥水性は、水滴が球状になって転がり落ちることで汚れや病原体が洗い流される「ロータス効果」として知られています。しかし、その超撥水性を植物がどのような遺伝子によって作り上げているのかは、これまでほとんど分かっていませんでした。
本研究では、電子顕微鏡によるナノレベルの観察と「濡れ葉」と呼ばれる100系統を超えるイネ変異体の解析を組み合わせることで、イネの葉が接触角(注4)156°という極めて高い撥水性を示すために必要な5つの主要遺伝子を特定しました。また、この超撥水性が、現在栽培されているイネだけでなく、その祖先となる野生イネにも保存されていることを明らかにし、水辺環境への適応の中で進化してきた重要な形質であることを示しました。
今回得られた成果は、洪水や乾燥などの環境ストレスに強い作物の開発に向けた新たな育種標的を提供するとともに、自然界が生み出した超撥水構造を模倣した高機能材料の開発にもつながることが期待されます。
発表内容
ハスだけではなかった――イネの葉も「超撥水」
葉が水滴を玉のように弾くメカニズムは、表面にあるマイクロレベルの微細な突起とナノレベルのワックスの結晶が組み合わさった「階層構造」によって生み出されます。実際に走査型電子顕微鏡による観察の結果、イネの葉の表面は1〜2μmの微細な突起(パピラ)と、無数のワックス結晶で覆われていることが確認されました(図1)。接触角計を用いた撥水性の測定では、最も高い場所で約156°という数値を記録し、学術的に「超撥水性」と定義される150°の閾値をクリアしていました。これは極めて高い撥水性で有名なハス(ロータス)の葉に匹敵する値です(図1)。超撥水性を持つ表面では汚れが水滴によって洗い流される自浄作用、いわゆる「ロータス効果」が生み出されます。この効果の発見の基になったハスと同様に、水田で生育するイネもこのロータス効果によって葉の表面が清潔で乾燥した状態に保たれていると考えられます。
図1:超撥水性を持つ葉(イネ、ハス)の表面構造
超撥水性を作る二つの仕組みを解明
本研究の核心は、イネの葉における超撥水性が「パピラの形成」と「ワックスの量・質」という2つの独立した系によって制御されており、それらの効果と遺伝子を突き止めた点にあります。同定した5つの遺伝子のうちBGL遺伝子は微細突起(パピラ)の形成を司ります。BGL が欠損した変異体ではパピラが欠失することによって接触角が約10°低下し、超撥水性の閾値である150°を下回りました(図2)。このことは10°というわずかな効果でも、ワックスだけでは到達できない「超撥水性」の領域へ押し上げるための重要な機能がパピラにはあることを示しています。一方、残りの4つの遺伝子はワックス合成を担っています。WSL2, WSL3, WSL4遺伝子が欠損した変異体では表面のワックス結晶が減少し、撥水性が劇的に低下(いくつかの系統では親水性を示す)します(図2)。また OsHSD1/LGF1では、ワックスの「量」ではなく、結晶の形状や質を左右することがわかりました。つまり、パピラによるマイクロ構造と、ワックス結晶によるナノ構造の量と質が両立することで、イネの葉の超撥水性が達成されていました(図2)。
図2:超撥水性を作る二つの仕組みと遺伝子の関係
野生型(正常なイネ)ではワックスとパピラが両方存在することによって、葉の表面は「超撥水性(接触角150°以上)」となる(左)。
パピラがなくなる変異体(bgl変異体)では、撥水性に対する弱い効果によって、葉の表面は「撥水性(接触角150°以下、90°以上)」となる(中央)。 ワックスが異常となるいくつかの変異体(wsl2,3,4,oshsd1/lgf1変異体)では、撥水性に対する強い効果によって、葉の表面は「親水性(接触角90°以下)」となる(右)。
野生イネから受け継がれた「水辺で生きるための能力」
イネにおけるこの超撥水性は、人類による栽培化の過程で獲得されたものではなく、野生の祖先種から継承された「半水生環境への適応形質」であることが判明しました。世界各地のイネ栽培種およびその祖先種である Oryza rufipogon (AAゲノム)(注5)の調査では、撥水性と表面構造はそれらの間で高度に保存されていました(図3)。それに対し、森林環境に適応したイネ属のGGゲノム種(O. granulata 等)では、葉のパピラもワックス結晶も消失しており、撥水性が著しく低いことが確認されました(図3)。また、他のイネ科作物との比較において、例えばトウモロコシでは幼少期には撥水性を持ちますが、成長に伴ってその能力を失います。一方のイネは、全生涯を通じて超撥水性を維持する戦略を採っています。これは、常に洪水や長雨にさらされる水辺で、光合成と呼吸を維持するためのイネ特有の進化的選択の結果と考えられます。
図3:野生イネにおける葉の表面構造栽培イネの祖先が含まれる野生イネのグループ(主に水辺に生育)では、ワックスもパピラも栽培イネと類似し、高い撥水性を示す(上)。
栽培イネとは遠縁の野生イネグループ(主に森林環境に生育)の一部では、ワックスやパピラの密度が低く、撥水性も低い(下)。
将来の展望
今回の成果は、イネの葉がどのようにして水を強くはじくのかという疑問に答えるだけでなく、以下のような農業や材料科学にも新しい可能性をもたらします。病害リスクの低減と農薬の最適化: 葉面の撥水性を制御し、葉面の濡れ時間を短縮できれば、糸状菌(カビ)などの病原菌の感染リスクを下げることが可能です。また、葉表面における薬剤の保持効率を最適化することで、環境負荷の低い農業への貢献が期待されます。
気候変動・洪水への耐性強化: 葉表面のワックスを強化することによって、より乾燥に強い品種の育成が期待されます。また、超撥水性を持たない作物(ムギ類やトウモロコシなど)に強い撥水性を付加することで、洪水に対する生存率を高めた作物の作出も期待されます。
バイオミメティクス(生物模倣技術)への貢献 : イネが進化の過程で洗練させてきた「パピラ×ワックス」の階層構造は、汚れが付きにくい表面や、水をはじく高機能コーティングなど、自然を手本とした新しい材料(バイオミメティクス)の設計にも重要なヒントを与えると期待されます。
発表者・研究者等情報
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
朱 恬博士課程
平岩 飛鳥研究当時:修士課程
相賀 彩織研究当時:学部学生
三村 真生助教
伊藤 純一准教授
国立遺伝学研究所
佐藤 豊 教授
吉川 貴徳 助教 (現:京都大学農学研究科 准教授)
論文情報
雑誌名:Plant Physiology題 名:Structural, genetic, and adaptive basis of superhydrophobicity in rice leaves(7月23日付掲載)
著者名:Tian Zhu*, Asuka Hiraiwa*, Saori Aiga, Manaki Mimura, Takanori Yoshikawa, Yutaka Sato, Jun-ichi Itoh(*共同筆頭著者)
DOI: 10.1093/plphys/kiag514
URL:https://doi.org/10.1093/plphys/kiag514
研究助成
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)「課題番号:16H04857,23K26874」の支援により実施されました。用語解説
- (注1)
- 超撥水性 : 葉の表面と水滴との接触角(注4)が150°を超える状態。自浄作用(ロータス効果)を伴う。
- (注2)
- パピラ: 表皮細胞が形成する微細な突起。イネでは1〜2μmのサイズが超撥水に寄与する。
- (注3)
- ワックス結晶: 植物の最外層を覆う疎水性の物質。様々な形状があるがイネの場合は鱗状。超長鎖脂肪酸の誘導体などで構成される。
- (注4)
- 接触角: 固体表面と水滴表面との接線が成す角度。大きければ大きいほど撥水性は高い。150°以上で超撥水性、90°以下で親水性とされる。
- (注5)
- AAゲノム:私たちが普段食べている栽培イネ(Oryza sativa)のほか、それらの祖先種を含む野生イネが持つゲノムの型。AAゲノム以外にも様々な型を持つイネ属が知られている。
問い合わせ先
<研究内容については発表者にお問合せください><研究内容について>
東京大学大学院農学生命科学研究科
准教授 伊藤 純一(いとう じゅんいち)
Tel:03-5841-5064 E-mail:ajunito@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
<機関窓口>
東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部
総務課広報情報担当
Tel:03-5841-5484 E-mail:koho.a@gs.mail.u-tokyo.ac.jp
関連教員
三村 真生伊藤 純一
東京大学 研究